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器台・壺の発掘場所 4・20 [2024年]

DSC03237.JPG☆前出の文庫から。1986年までのデータになります。中央のヤギみたいな島は「児島」です。古事記の最初に出てくる島で、瀬戸航路の寄港地でした。製塩も盛んでした。海は楯築の近くまできています。備前・備中・備後の境が点線で記してあります。(ここで訂正しておきます。楯築遺跡は倉敷市でした。造山、岡山市。作山、総社市です)

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制度と葬儀 4・20 [2024年]

DSC03197.JPG☆当然、近藤さんも論じています。岩波文庫のコピーです。データはきちんとしていますが、ちょっと歯がゆい。言えばいいじゃないですか。縄文の土器を別にすれば、弥生時代では傑出した造形です。ここには、村落の共同体に支えられた権力がある。組織によって大きな円墳を造り、葬儀の式次第が共用され、その日、華麗なこの土器が飾られた。製造に関しては、設計図が引かれ、装飾デザインがほどこされた。「吉備」という国の先進性を、断定すればいいのです、先生は。

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