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作家 塩見鮮一郎 が撮影する日々の写真
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ワクチン命 5・26
[2021年写真]
2021-05-26 13:24
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直島 5・26
[2021年写真]
☆一度ここに掲載した写真です。思い出された方もいらっしゃるでしょう。ちょうど2年前、2019年5月でした。「なおしま」は、小豆島の自治内です。小豆島も、ふるくは吉備の国に属し、大坂の統治下にもなり、近代は香川県です。
2021-05-26 00:02
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学問
瀬戸内map 5・25
[2021年写真]
☆ひさしぶりに地図を書いた。調子のいい日でした。赤い点線のAは、小学生のわたしが小豆島に行った航路、Bは島の生徒が卒業旅行で高松の屋島へ行ったコース。Cは数年前のつれとの旅。牛窓に泊まり、宇野から直島(なおしま)へ。水玉模様のかぼちやの港。高松で讃岐うどんを。(児島湾は子供のころは大きな風船でしたが、埋め立てがすすみ、いまでは半分以下のしなびたつまらないゴム袋に。21世紀につづく狂った開発志向)
2021-05-25 13:05
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24のひとみ 5・25
[2021年写真]
☆昭和になったばかりのころ、岬の分校に12人の1年生がやってきた。この子たちの人生、有為転変が、戦後までが描かれる。10数年おくれで、市内の三勲小学校にジジは入学しますが、着物ではなく、学生服もどきに兵隊帽であった。小豆島の生徒たちの背後に見えている山塊が、寒霞渓かも知れない。(22しかないというなかれ、左の枠外にいたはず)
2021-05-25 00:00
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尾崎放哉のこと 5・24
[2021年写真]
☆港の建物のわきに、ちいさい広場があり、そこに、12人の子たちと大石先生。さらに尾崎放哉(おざきほうさい)の記念碑。前衛俳人は、鳥取に生まれ、東京で保険会社の幹部、朝鮮で支店長。昭和12年、職と妻を捨て、寺男などをへて、小豆島にたどりつき、土庄で死す。「咳をしてもひとり」8文字の傑作。これだけで俳人の境遇も心性もわかる。
2021-05-24 13:34
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学問
島の港 5・24
[2021年写真]
☆おおきな船は、ここに着きます。土庄です。小豆島の中心地です。「とのしょう」と呼びます。修学旅行で乗った船で、岡山市の京橋から2時間ほどです。(いまは旭川河口の「新岡山港」から出ます)。奇岩怪石の寒霞渓(かんかけい)にのぼり、かわらけ投げを楽しんだりしました。『二十四の瞳』は公開されてなく、その関係の観光地はありませ
ん。
2021-05-24 00:04
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学問
卒業旅行 5・23
[2021年写真]
☆小豆島の12人の卒業旅行は、昭和10年ごろです。わたしは、昭和25年ごろ。この15年ばかりのあいだに、実にさまざまな悲惨なことがありましたが、行き先はそっくり。高松市、栗林公園(りつりんこうえん)、屋島、金毘羅宮(こんぴらぐう)です。映画も、それぞれの場所で撮影しているので、わたしの記念アルバムになりました。
2021-05-23 14:13
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1回休憩 5・23
[2021年写真]
☆小豆島のこと、もっと書きたくなりました。10回ぐらい。noteに記した神話の島「あづきじま」です。ときどき一服します。ソーメンも古くから伝わった食べ物です。おいしいですよね。「小豆島(しょうどしま)ソーメン」はよく知れています。わたしは、咲さんから頂きました。
2021-05-23 00:03
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学問
甲板で 5・22
[2021年写真]
☆大石先生の12人の教え子は貯金をはたいて、高松に、卒業旅行へ行きます。でも松ちゃんは、奉公に出されていて、ここにはいません。昭和10年ごろです。このデッキにも覚えがあります。わたしより10数歳年上のこの生徒たちは、15年戦争にもろに遭遇し、何人かは戦死します。両目をやられた生徒は、戦後先生に再会できますが、高峰秀子ふんする先生の顔を見ることはできません。手を取り合って泣くばかりです。
2021-05-22 16:50
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この船 5・22
[2021年写真]
☆瀬戸内海の島をむすぶ旅客船です。わたしが乗った船です。映画の撮影は1953年で、公開が1954年(昭和29年)。小学校の修学旅行や卒業旅行で乗りました。当時は市内の京橋から出航し、ここ小豆島に着きました。この船です。スクリーン(ディスプレー)に見て、はや、目頭が熱くなります。
2021-05-22 00:00
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