作家 塩見鮮一郎 が撮影する日々の写真
メディアによる地震の報道に接し、リアルタイムでどのように感じたのかが生々しく伝わってきます。塩見さんは以前、小説作品であっても「いつ」「どこで」を明確に記したほうがよい、という趣旨のことを仰っていたと思います。それはリアリズムが主体の作品を念頭に置かれていたのかもしれませんが、テレビ報道においては、そういった基本的なルールさえも、ないがしろにされ、センセーショナルな場面さえ映っていればこと足りるのでしょうか。しかし、「どこで」「いつ」「誰が」等があやふやでは、まともな報道とはいえず、災害の検証や対策もできなくなってしまいます。 by SYUPO (2024-02-14 20:25)
メディアによる地震の報道に接し、リアルタイムでどのように感じたのかが生々しく伝わってきます。
塩見さんは以前、小説作品であっても「いつ」「どこで」を明確に記したほうがよい、という趣旨のことを仰っていたと思います。
それはリアリズムが主体の作品を念頭に置かれていたのかもしれませんが、テレビ報道においては、そういった基本的なルールさえも、ないがしろにされ、センセーショナルな場面さえ映っていればこと足りるのでしょうか。
しかし、「どこで」「いつ」「誰が」等があやふやでは、まともな報道とはいえず、災害の検証や対策もできなくなってしまいます。
by SYUPO (2024-02-14 20:25)