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吉備津彦神社終了 2・12 [2024年]

DSC02777.jpg☆聖なる島だったのが、聖なる山になりました。ここが島だったことを証明するのが、吉備津の津という文字です。津は港、碇泊所です。吉備いうクニの港です。そして中山こそが、広大な「吉備国(きびのくに)」の信仰の中心地でした。いま「吉備津彦神社」と「吉備津神社」が、この神体山(しんたいさん)にあります。それも、歩いて行ける距離に。【スミマセン、疲れて話がだらけそうです。珠洲のその後の光景も溜まっています。わがままな中断です】

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SYUPO

吉備の中山は、様々な信仰の場が集まる「神体山」だったのですね。
それが時間の経過による「重層化」だったのか、大和政権による歴史の「簒奪」であったのかは分かりませんが、塩見さんの解説により、非常に重要な場所であったことがよく分かりました。有難うございました。

*明日、吉備の中山を左手に見ながら、帰京したいと思います。
「吉備の中山あす越えて 浅きゆめみし海老も食えず」
by SYUPO (2024-02-12 01:27) 

塩見 鮮一郎

岡山駅が近いので、スピードを落としています。
あっ、ここだ
ぐらいは分かるかも。
by 塩見 鮮一郎 (2024-02-12 02:32) 

SYUPO

先ほど東京に戻りました。
休日とあって、新幹線は比較的混んでおり、窓側の席に座れませんでした。
それでも、隣で駅弁をかき込んでいる人の頭越しに、目を凝らしました。
「吉備の中山」は線路の北側からすぐ立ち上がるように、くっついているのですね。
ただ、さっと通り過ぎた感じなので、近郊の住宅街といった印象でした。
他にも、周囲の平地にはポッコリポッコリと小山が盛り上がっています。
今までは漫然と通り過ぎていた岡山平野の眺めですが、塩見さんに影響され、海面から顔を出した「浮島」のように感じました。
by SYUPO (2024-02-12 22:51) 

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