作家 塩見鮮一郎 が撮影する日々の写真
吉備の中山は、様々な信仰の場が集まる「神体山」だったのですね。それが時間の経過による「重層化」だったのか、大和政権による歴史の「簒奪」であったのかは分かりませんが、塩見さんの解説により、非常に重要な場所であったことがよく分かりました。有難うございました。*明日、吉備の中山を左手に見ながら、帰京したいと思います。「吉備の中山あす越えて 浅きゆめみし海老も食えず」 by SYUPO (2024-02-12 01:27)
岡山駅が近いので、スピードを落としています。あっ、ここだぐらいは分かるかも。 by 塩見 鮮一郎 (2024-02-12 02:32)
先ほど東京に戻りました。休日とあって、新幹線は比較的混んでおり、窓側の席に座れませんでした。それでも、隣で駅弁をかき込んでいる人の頭越しに、目を凝らしました。「吉備の中山」は線路の北側からすぐ立ち上がるように、くっついているのですね。ただ、さっと通り過ぎた感じなので、近郊の住宅街といった印象でした。他にも、周囲の平地にはポッコリポッコリと小山が盛り上がっています。今までは漫然と通り過ぎていた岡山平野の眺めですが、塩見さんに影響され、海面から顔を出した「浮島」のように感じました。 by SYUPO (2024-02-12 22:51)
吉備の中山は、様々な信仰の場が集まる「神体山」だったのですね。
それが時間の経過による「重層化」だったのか、大和政権による歴史の「簒奪」であったのかは分かりませんが、塩見さんの解説により、非常に重要な場所であったことがよく分かりました。有難うございました。
*明日、吉備の中山を左手に見ながら、帰京したいと思います。
「吉備の中山あす越えて 浅きゆめみし海老も食えず」
by SYUPO (2024-02-12 01:27)
岡山駅が近いので、スピードを落としています。
あっ、ここだ
ぐらいは分かるかも。
by 塩見 鮮一郎 (2024-02-12 02:32)
先ほど東京に戻りました。
休日とあって、新幹線は比較的混んでおり、窓側の席に座れませんでした。
それでも、隣で駅弁をかき込んでいる人の頭越しに、目を凝らしました。
「吉備の中山」は線路の北側からすぐ立ち上がるように、くっついているのですね。
ただ、さっと通り過ぎた感じなので、近郊の住宅街といった印象でした。
他にも、周囲の平地にはポッコリポッコリと小山が盛り上がっています。
今までは漫然と通り過ぎていた岡山平野の眺めですが、塩見さんに影響され、海面から顔を出した「浮島」のように感じました。
by SYUPO (2024-02-12 22:51)