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長門国分寺 12・18 [2024年]

スクリーンショット 2024-12-06 092956.png☆国道9号の北のほうにも行ってみます。南は海ですから、こちらこそ開けた町です。丘をのぼって行くと、下関市役所の向かいに、こんな寺が。長門国(ながとのくに)の首府「長府」にあるべきものが、なぜ漁師町にあるのか。調べると、明治維新後に長府から移築したとか。天皇の寺でも廃仏希釈ですか。左の門柱は、「別格本山 長門国分寺」です。

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SYUPO

長府の跡地には、小さな碑が一つ残るだけのようですね。
移転したのが明治時代で、比較的最近ですが、ずいぶんとぞんざいな扱いです。
by SYUPO (2024-12-18 13:56) 

長野のせんせ

維新の廃仏毀釈はいい加減でした。
火葬を禁止しすぐ墓地の用地の都合で火葬を認めたりしました。
無理をして天皇陵を作り明治大正昭和は土饅頭の大型のものでした。
今後は見ものというところですか。
by 長野のせんせ (2024-12-18 19:05) 

塩見 鮮一郎

推古天皇は仏教にイカれて火葬です。
明治は西洋を真似て、一旦、土葬。
われら「日本人」はコピーっ子です。
by 塩見 鮮一郎 (2024-12-19 01:26) 

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